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☆☆☆ 黒島のアンガマ 第一話 ☆☆☆
沖縄の八重山地方にある黒島へ旧盆の行事「アンガマ」を見に行った。黒島のアンガマは、石垣島で行われているアンガマのような、お面をかぶったウシュマイ(爺)やンミ(婆)は登場しない。
浴衣やムイチャー(沖縄独特の柄で普段着にしていた着物)を着て、頭には花笠をかぶり、顔は目元をサングラスで隠し、口元にはタオルをまいて、誰がやっているのかわからないように変装する。以前から1度見たかった、この行事に参加させてもらった。
8月31日(金)
民宿で夕食をすませた後、泊まり客6人で、車に乗って芸能館へ行った。不思議な衣装を付けた島の青年会の人たちが、会館の中で出発の時を待っていた。
歌、三線4名、大太鼓1名、鉦1名、酒がめを担ぎ、白い化粧を施し、滑稽な動きをするチョンダラー2名。この後から花笠をかぶった一団が続き、総勢約30名の人達が皆高い声でしゃべる。どうしてこんな不思議な衣装なのだろう。なぜ高い声なのだろう。初めて見る島のお盆の行事にただただびっくり。
準備を終えた一団が、東筋集落を中心に仏壇のある家を一軒一軒回って行く。私たちもその人たちの後ろについた。空には十三夜の月が見えていた。訪れていく家の近くから、三線、太鼓、鉦の演奏が始まった。花笠をかぶった人たちが歌い出した。「エイサー、シーガル、チャービタル・・・」「ヘイ」
地謡の人たちの後ろにいたチョンダラーがその家の仏壇の前にさけがめを置く。その間、庭いっぱいに一つの輪が出来る。曲に合わせ、花笠の人たち数人ずつが踊りを披露する。3曲目は全員が庭中をにぎやかに踊り回る。
お盆の行事はもっと悲し気で静かなものかと思っていたが、この島のはとても楽しく、まるで仮装行列の様である。
訪ねていく軒数が増えるたびにお酒も入り、皆ののりも良くなる。見ているだけでも、しだいに疲れてしまったが、やっている人たちは、各家で一生懸命、歌い踊りおどけ、力一杯動いている。
どの家も美しく仏壇を整え、行列の来るのを待っている。家の縁側に座って見ていたおじぃやおばぁもチョンダラーに引っ張られ、モーヤー(カチャーシー)になると裸足で庭に降り、年季の入った踊りを見せてくれた。東筋約30軒を回り、第一日目が終了した。もう真夜中だった。
9月1日(土)
アンガマ2日目、今夜は私たちの泊まっている仲本集落から始まる。民宿のおばちゃんとそのお姉さんの家でも、きれいに仏壇が飾られていた。おばちゃんのモーヤーの手つきや腰つきはなかなかのものだった。
仲本には仏壇のある家は5軒しかないので、その後、車、トラックに分散し保里集落へ移動した。数件回った頃、空を見上げると、コウモリたちが木から木へ元気良く飛んでいた。
保里が終わった後、再び車で東筋へ移動。車を降りると「大野さん、これを着て。これで最後の踊りを一緒に踊れるから。」と知り合いの人が紙袋を手渡してくれた。まごまごしていると、「せっかくこれを見に来たのだから、楽しんでいって。」と手を引っ張られた。紙袋の中からは、次々変装道具が出てきた。Tシャツの上から着物、帯をつける。風呂敷を三角にたたみ、口元を覆う。頭からすっぽり手ぬぐいをかぶり、アンガマ風に変身。右手にはクバのうちわも持たされ、列に入れてもらう。前後を島の人達に守られ、行列の一員になる。
列に入ってはみたものの、クバのうちわを持つ右手と足の動きが上手くいかない。左手もだらんと下にしていたら、後ろの人が「こうよ」と手を添えて教えてくれた。「はい、右、左・・・」と動きをそっと指示してくれる。前の人も時折、心配そうに振り向く。動きはぎこちなく、照れも入って目はきょときょとするし、口元も嬉しくてゆるみっぱなし。参加後、一軒目は緊張したままだった。一軒増えるごとに手足の動きも少しはさまになってきた・・・かな。
モーヤーになっても、どこで出ようか迷っていると、誰かしら手を引っ張って連れ出してくれる。思いっきり手足を動かして、自己流踊り。見ているだけではつまらない。皆と一緒に踊っていると本当に楽しい。覆面の下はもう汗だくで、着ている物もどんどん濡れていく。ほんの数件回っただけなのに、泡盛の酔いと踊りとでへとへとだった。マスクのように口元を風呂敷で隠すため、息がしにくく、とくに踊った後は思い切り空気が吸えず、苦しい。
皆、こんな状態で昨夜も今夜も30軒ずつを回っていたのかと思うと、その大変さが良くわかった。見るだけでなく島の方たちのご好意で一緒に体験できたことがとてもうれしかった。そして、もし自分が家族を亡くして、お盆の時にこんな風に近所の人たちが楽しく訪れてくれたら、悲しい気持ちがふっと和らぐのではないかと思った。
最後の家では、家の人も踊りに加わり5曲も披露され、モーヤーも長かった。真夜中の1時すぎ、十四夜の月の中で、2日間にわたるアンガマの行事がようやく終わった。
文 大野 葉子 |